社会に出る練習は、社会の中でしかできない。

――初めての革靴で、会社に着く前に涙が出た。

「就職するまでは、アステージの中で練習していればいいんじゃないですか?」

そう思われる方もいるかもしれません。

もちろん、アステージカレッジの中で学べることはたくさんあります。

コミュニケーションについて学ぶ。
自分自身と向き合う。
仲間と一緒に何かに取り組む。
自分の考えを言葉にする。
働くために必要なマナーやルールを学ぶ。

どれも大切なことです。

でも、私はそれだけでは足りないと思っています。

なぜなら、

社会に出る練習は、社会の中でしかできないことがあるからです。

だからアステージでは、企業LIVE学習や企業訪問、「社長のかばん持ち体験」など、実際の社会に出て、人や仕事に触れる機会を大切にしています。

そこには、教室の中だけでは決して分からないものがあります。


アステージの中は「安心・安全」。でも、一歩外へ出ればアウェーです

いつもの場所。

いつものスタッフ。

いつもの仲間。

アステージの中では安心して話せる人も、初めて訪れる会社ではそうはいきません。

知らない場所。
知らない人。
聞いたことのない音。
見たことのない仕事。

私は企業訪問をするとき、利用者さんにとってそこは、ある意味**「完全なアウェー」**だと思っています。

そして、そこに行くからこそ見えてくることがあります。

きちんと挨拶ができるだろうか。

名前を呼ばれたときに返事ができるだろうか。

話している人の方を向いて聞けるだろうか。

周りから見られている中で、どんな振る舞いをするだろうか。

身だしなみはどうだろう。

分からないことがあったとき、自分から質問できるだろうか。

アステージの中ではできていたことが、場所が変わるとできなくなることもあります。

でも、それでいいのです。

できないことを知ることも、大切な経験だからです。


社会は、頭だけではなく「五感」で知るもの

会社のホームページを見れば、どんな事業をしている会社なのかは分かります。

求人票を見れば、仕事内容や勤務時間、給与、勤務地なども書いてあります。

でも、それだけで「働く」ということが本当に分かるでしょうか。

私は、分からないと思っています。

例えば工場へ行く。

実際に中へ入ってみると、その広さに驚くかもしれない。

機械の大きな音が聞こえる。

独特のにおいがする。

夏は暑いかもしれない。

冬は寒いかもしれない。

自分が働くことになるかもしれない作業スペースを実際に見る。

そこで働いている人の表情を見る。

仕事をしている人の動きを見る。

休憩時間にはどんなふうに過ごしているのか。

お昼ごはんはどこで、どんな雰囲気で食べるのか。

そういうものは、写真や文章だけでは分かりません。

音、におい、温度、広さ、人の表情、空気感。

実際にその場所へ行き、五感で感じて初めて分かることがあります。

私は、それも立派な「学び」だと思っています。


社長の話だけでなく、「そこで働く人」の話を聞いてほしい

企業を訪問すると、経営者の方からお話を聞かせていただく機会があります。

それは、とても貴重な経験です。

なぜこの会社をつくったのか。

仕事をするうえで何を大切にしているのか。

どんな人と一緒に働きたいのか。

経営者だからこそ伝えられることがあります。

でも私は同じくらい、そこで実際に働いている社員の方のお話も大切にしています。

毎日どんな仕事をしているのか。

最初は何が大変だったのか。

仕事のどんなところに喜びを感じるのか。

失敗したとき、どうしたのか。

働くことは、楽しいことばかりではありません。

しんどいこともある。

疲れる日もある。

思い通りにならないこともある。

だからこそ、実際に働いている人の言葉には臨場感があります。

いろいろな仕事を知ってほしい。

いろいろな働き方を知ってほしい。

そして、

「こんな仕事もあるんだ」
「こんな働き方もあるんだ」
「自分にもできるかもしれない」

と、選択肢を増やしてほしいのです。


初めての革靴で、会社に着く前に涙が出た

忘れられない出来事があります。

ある利用者さんが、企業訪問に参加したときのことです。

企業を訪問するときは、普段着ではなく、スーツを着て参加する方もいます。

その方も、いつもとは違う服装で参加しました。

そして、初めて履いた革靴。

ところが、歩いている途中で、かかとが痛くなってしまいました。

まだ会社にも着いていません。

慣れない服装。

慣れない靴。

知らない場所へ向かう緊張。

いろいろなものが重なったのだと思います。

とうとう涙が出てきました。

「今日は帰ろうか?」

そんな話にもなりました。

でも、その人は頑張って会社まで行きました。

企業訪問には参加できました。

ただ、その日は緊張もあり、会社の方に質問することまではできませんでした。

それでも私は思います。

それでいいんです。


「質問できなかった」ではなく、「会社まで行けた」【その日の一歩】

もし「企業訪問で積極的に質問すること」が正解なら、その日の本人はできなかったことになります。

でも、私たちはそうは考えません。

初めて革靴を履いた。

電車に乗った。

知らない場所まで移動した。

かかとが痛くなった。

涙も出た。

帰ろうかというところまでいった。

それでも、会社まで行った。

そして、知らない人たちの中で、その場にいることができた。

その人にとって、その日の一歩は、そこだったのです。

次はもう少しできるかもしれない。

その次には、挨拶ができるかもしれない。

いつか、自分から質問できる日が来るかもしれない。

成長は、いつも大きな成功として現れるわけではありません。

むしろ、

「今日はここまでできた」

という小さな経験の積み重ねだと思います。

そして、その利用者さんは最近アステージを卒業し、今、社会人として働いています。

あの日、会社へ着く前に涙を流していた姿を思い出すと、私は胸が熱くなります。

あの一日だけで、その人が変わったわけではありません。

でも、あの日の一歩も間違いなく、今につながっている。

私はそう思っています。


外へ出ると、意外な自分にも出会える

もちろん、外へ出ることで「できなかったこと」ばかりが見つかるわけではありません。

逆のこともたくさんあります。

普段はあまり自分から話さない人が、企業の社長さんには意外なほど積極的に質問できた。

いつもと違うスーツを着ることで表情が変わり、少し誇らしそうにしている。

会社の中に入り、働いている人たちに囲まれることで、

「自分もいつか、社会の一員として働くんだ」

という感覚が芽生える人もいます。

私は、そういう姿を見るのが好きです。

本人も知らなかった自分に出会う。

スタッフも、

「こんなことに興味があったんだ」

「こんな質問ができるんだ」

と初めて気づく。

外へ出ることは、自分の苦手を知るだけではありません。

自分の可能性を知る機会でもあるのです。


行きたくないなら、「行かない」も選択肢です

だからといって、私たちは何が何でも外へ連れ出せばいいとは考えていません。

「行きたくない」

「知らない人に会うのが怖い」

「緊張する」

そういう気持ちも大切にします。

どうしても難しいなら、行かないという選択もあります。

行くことはできても、

「自己紹介はまだ難しい」

という人もいます。

それでもいい。

「質問はできない」

「感想を人前で話すのは難しい」

それでもいいのです。

その人が今できるところから始めればいい。

ただ、私たちは「怖いからやめておこう」だけで終わらせたくもありません。

そのために、企業訪問の一週間ほど前から、訪問する会社について事前に調べます。

ホームページを見る。

どんな会社なのかを知る。

どんな仕事をしているのかを調べる。

聞いてみたいことを考える。

質問も事前に準備しておく。

知らない場所へ行くことは怖い。

でも、

「少し知っている場所」に変われば、不安は少し小さくなります。

その小さな安心をつくったうえで、

「じゃあ、一回行ってみようか」

と背中を押す。

それも私たちの役割だと思っています。


「通勤する」だけでも、社会に出る練習になる

働くというと、多くの人は「仕事ができるかどうか」を考えます。

でも実際に働くためには、その前にたくさんのことがあります。

朝、起きる。

身支度をする。

家を出る。

駅まで歩く。

電車に乗る。

混雑の中で移動する。

乗り換える。

駅から会社まで歩く。

そして、決められた時間までに会社へ着く。

これだけでも、慣れていない人には大変です。

自宅から会社まで何分かかるのか。

どれくらい歩くのか。

電車はどれくらい混んでいるのか。

一日働いて、またその道を帰ってきたとき、どれくらい疲れているのか。

これも、実際に経験してみないと分かりません。

家の中で仕事をするのであれば、それほど問題にならないこともあるでしょう。

でも、家から一歩外へ出て働くのであれば、家から会社へ行くことそのものが、すでに「働く」の一部なのです。

外へ出ることに少しずつ慣れていけば、体力もついていきます。

人の多い場所にも慣れていく。

知らない場所へ行くことにも慣れていく。

精神的な力も、少しずつついていきます。

それも、社会に出る準備だと思っています。


ホームページを見ただけで、本当に分かるでしょうか

私は利用者さんに、こんなことを聞きたいと思います。

あなたの家から会社まで、どれくらい時間がかかる?

駅まで何分歩く?

朝の電車は、どれくらい混んでいる?

会社には、どんな人がいる?

どんな音がする?

どんなにおいがする?

どんな場所で働く?

どんな人と一緒に仕事をする?

お昼はどこで食べる?

一日そこで過ごしたら、どれくらい疲れる?

そして、その仕事をしている人は、どんな顔をして働いている?

それって、本当にホームページや求人票を見ているだけで分かるでしょうか。

私は、分からないと思います。

だから、アステージは外へ出ます。

見て。

聞いて。

歩いて。

話して。

緊張して。

疲れて。

ときには失敗して。

そして、ときには、

「意外と楽しかった」

と帰ってくる。

そのすべてが経験です。


「社会に学ぶ、社会の中で学ぶ、社会の一員として学ぶ」

アステージカレッジが大切にしている言葉があります。

「社会に学ぶ、社会の中で学ぶ、社会の一員として学ぶ。」

社会に出るために、社会から離れた場所だけで練習するのではない。

準備がすべて整ってから、初めて社会へ出るのでもない。

まだできないことがあってもいい。

緊張してもいい。

質問できなくてもいい。

途中で「帰りたい」と思ってもいい。

それでも、自分のできるところから一歩、外へ出てみる。

そして社会の中で、自分の目で見て、自分の耳で聞き、自分の心で感じる。

そこで初めて、

「自分は何が苦手なのか」

だけではなく、

「自分には何ができるのか」
「自分は何に興味があるのか」
「自分はどんなふうに働きたいのか」

も見えてきます。

社会に出る練習は、社会の中でしかできないことがあります。

だから私たちは、これからも地域や企業の皆さまのお力をお借りしながら、利用者さんが社会と出会う機会をつくり続けたいと思っています。

最初の一歩は、小さくてもいい。

初めての革靴が痛くて、涙が出てもいい。

その一歩が、いつか「あの日、行ってよかった」と思える一歩になるかもしれない。

私は、そう信じています。

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