― 日々の小さな所作が、自分をつくっていく
靴を脱いだあと、揃える人もいれば、そのままの人もいます。
そして、揃える人を見ていても、実はいろいろです。
脱いだ足で、すっと向きを整える人。
一度振り返って腰をかがめ、手を添えて揃える人。
どちらも、結果だけを見れば「靴は揃っている」。
でも最近、私は、
「何をするか」だけではなく、「どのようにするか」にも、その人の心のあり方が少し表れるのではないか
と思うようになりました。
もちろん、足で揃えることが悪いわけではありません。
手で揃える人が、必ず丁寧な人だということでもありません。
ただ、自分が使ったものに一度手を添えて整える。
その小さな所作には、何か大切なものがあるように思うのです。
「使わせてもらった」という気持ち
靴を丁寧に扱う。
使ったものを元に戻す。
後片づけをする。
次に使う人が困らないように整える。
一つひとつは、本当に小さなことです。
でも、そこにはもう一つ、
「使わせてもらった」という感謝もあるのではないか
と思います。
その靴があったから、今日も歩くことができた。
その道具があったから、作業ができた。
その机や椅子があったから、そこで学んだり、人と話したりすることができた。
物そのものに特別な意味を持たせたいわけではありません。
ただ、
「これがあったから助かった」
「役に立ってくれた」
「だから、ありがたい」
という気持ちは、物に対してもあっていいと思うのです。
そして、
「自分が使ったあとを、少し整えておこう」
という行動につながる。
さらに、
「次に使う人が、気持ちよく使えるようにしておこう」
という視線にもつながっていく。
感謝することと、相手を思うこと。
この二つは、日常の中でつながっているのかもしれません。

丁寧さは、人との関わりにも表れる
これは、物の扱いだけではありません。
人に物を渡すとき。
ただ渡すのか、相手が受け取りやすいように渡すのか。
人の話を聞くとき。
聞こえているだけなのか、一度手を止めて相手に向き合うのか。
挨拶するとき。
言葉を発するだけなのか、相手の顔を見て伝えるのか。
行動そのものは似ています。
でも、その「少しの違い」は、相手には意外と伝わります。
私は、
丁寧な行動が心を育て、育った心が、また丁寧な行動を生む。
そんな循環があるのではないかと思っています。

形だけを整えることが目的ではない
ASTAGEでも、利用者の皆さんには少しずつ変化があります。
自分の主張をすることで精いっぱいだった人が、人の話を聞けるようになる。
指摘やアドバイスを「怒られた」と感じていた人が、
「自分の成長のために言ってくれているのかもしれない」
と受け止められるようになる。
自分のことで精いっぱいだった人が、少しずつ周りの人にも目を向けるようになる。
一つの変化が、また次の変化につながっていきます。
でも、私たちが求めたいのは、
「靴を揃えなさい」
「片づけなさい」
「ちゃんと挨拶しなさい」
と、形だけを整えることではありません。
苦手なことには、その人なりの特性や事情もあります。
大切なのは、
「なぜ、そうするのだろう」
と自分で考え、その意味を知り、自分で行動を選べるようになることです。
小さな行動が、自分をつくっていく
社会的自立と自律というと、
就職すること。
一人で生活すること。
何でも自分でできるようになること。
そんな大きなことを思い浮かべるかもしれません。
でも、その土台にあるのは、もっと日常的なことではないでしょうか。
物を大切にする。
使ったあとを整える。
ありがたいと思う。
相手の立場を考える。
自分の言動を振り返る。
必要なときには、人に助けを求める。
そうした小さな行動の積み重ねが、人との関係をつくり、自分の選択肢を広げていく。
一つの行動が変われば、ほかの行動も少しずつ変わり始める。
行動が変わることで、心のあり方も変わっていく。
そして、心が変われば、また行動も変わっていく。
靴を揃える。
たったそれだけのことかもしれません。
でも、その「たった一つ」を、どんな気持ちで、どんなふうにするのか。
そんなところにも、自分を少しずつつくっていくヒントがあるように思います。
そして今日よりほんの少し、
「明日をちょっとご機嫌に。」
まずは目の前の一つを、いつもより少し丁寧に。
そんな小さな実践から始めてみてもいいのかもしれません。

