「あの人がいるから、アステージに行きたくない。」
「あの人と一緒にいると、しんどくなる。」
「あの人が怖い。できれば関わりたくない。」
アステージカレッジでは、時々このような声を聞くことがあります。
人との関わりが苦手だったり、コミュニケーションに自信がなかったりする方も少なくありません。
仲良くなりたいと思って声をかけたことが、相手にとっては負担になってしまうこともあります。
距離の取り方が分からず、近づきすぎてしまうこともあります。
LINEを交換したことをきっかけに、やり取りがうまくいかなくなることもあります。
人と人が関わる場所ですから、残念ながら人間関係のトラブルがまったく起きないわけではありません。
そして実際に、
「あの人がいるから、もう行きたくない」
というところまで悩んでしまう方もいます。
私は、そんなときに、
「社会に出たら、もっといろんな人がいるんだから我慢しなさい」
と片づけるつもりはありません。
怖いものは怖い。
しんどいものはしんどい。
まず、その気持ちはきちんと受け止める必要があると思っています。
本当に怖い思いをしているのであれば、安心・安全を守ることが最優先です。
嫌なことを「嫌だ」と言っていい。
距離を取ってもいい。
自分だけではどうしたらいいか分からないときは、スタッフに助けを求めていい。
必要であれば、スタッフが間に入ることも大切です。
でも私は、そこで終わりにはしたくないのです。
その先にもう一つ、一緒に考えてほしいことがあります。
矢印は、どちらを向いているだろう
これは、人間関係だけの話ではありません。
アステージでは、さまざまなプログラムを行っています。
当然、
「これは好き。」
「これは楽しい。」
「これは得意。」
というものもあれば、
「このプログラムは苦手。」
「できないから嫌だ。」
「ストレスになる。」
「自分には必要ないと思う。」
というものもあります。
好きな人と関わりたい。
苦手な人とは関わりたくない。
好きなプログラムには参加したい。
苦手なプログラムは避けたい。
人間ですから、そう思うのは自然なことです。
でも、私はそんなとき、利用者さんに一度考えてみてほしいのです。
その矢印は、どちらを向いているだろう。
「あの人が嫌い。」
「あの人が苦手。」
「あの人が怖い。」
「あのプログラムは嫌い。」
「自分にはできない。」
「ストレスになる。」
「自分には必要ない。」
そのとき、矢印はすべて「相手」や「対象」に向いています。
でも、もう一本。
自分にも矢印を向けてみてほしいのです。
「そんな自分がいる」と気づくこと

「あの人が苦手。」
それで終わるのではなく、
なぜ私は、この人をこんなに苦手だと感じるのだろう。
「あの人といるとしんどい。」
それで終わるのではなく、
この人の何に、私はこんなに反応しているのだろう。
「このプログラムは自分には必要ない。」
そう決めてしまう前に、
本当に必要ないのだろうか。それとも、苦手だから必要ないことにしたい自分がいるのだろうか。
「できないからやりたくない。」
その気持ちの奥には、
失敗するのが怖い自分がいるかもしれません。
人からどう見られるかを気にしている自分がいるかもしれません。
自信がないから、最初から避けようとしている自分がいるかもしれません。
もちろん、必ずそうだということではありません。
大切なのは、
「相手がどうか」「プログラムがどうか」だけではなく、「それに反応している自分はどうなんだろう」と考えてみることです。
私は、それが自己理解の始まりだと思っています。
場所を変えても、自分まで変わるわけではありません
人間関係がしんどいなら、環境を変えた方がいいこともあります。
どうしても合わない場所から離れることが、その人にとって必要な選択である場合もあります。
だから私は、「辞めずに我慢することが正しい」と言いたいのではありません。
ただ、一つだけ知っておいてほしいことがあります。
場所を変えても、自分まで変わるわけではありません。
学校を変える。
職場を変える。
福祉サービスを変える。
関わる人を変える。
それによって状況が良くなることは、もちろんあります。
でも、自分の中にある、
人との距離の取り方。
苦手なものへの向き合い方。
感情が動いたときの反応。
自分なりの考え癖。
人から何かを言われたときの受け止め方。
そうしたものに気づかないままであれば、場所や相手が変わっても、いつか形を変えて、同じような自分に出会うことがあります。
だからこそ私は、うまくいかないことが起きたときに、
「ここから離れるか、我慢するか」
という二択だけではなく、
「この出来事を通して、自分について何が分かるだろう」
という第三の選択肢を持ってほしいのです。
苦手な人と「仲良くする」ことが目的ではありません

ここは、誤解してほしくないところです。
アステージは、
「みんな仲良くしましょう」
を目指している場所ではありません。
社会に出ても、すべての人と仲良くできるわけではありません。
気の合う人もいれば、合わない人もいます。
苦手な上司がいるかもしれません。
考え方の違う同僚がいるかもしれません。
それでも、同じ社会の中で生きていきます。
だから必要なのは、
苦手な人を好きになる力ではありません。
嫌なことを嫌だと伝える力。
必要な距離を取る力。
相手にも気持ちや事情があると想像する力。
自分の気持ちを言葉にする力。
困ったときに誰かに相談する力。
相手から「嫌です」「やめてください」と言われたときに、その言葉を受け止める力。
そして、自分が相手を傷つけたり、不快な思いをさせたりしたときには、自分の行動を振り返る力。
私は、これも立派な社会性だと思っています。
人のアドバイスを、いったん受け取ってみる

もう一つ、私がとても大切だと思っていることがあります。
それは、
人からのアドバイスを素直に受け取ってみることです。
自分一人で自分のことを理解するのは、実はとても難しいものです。
自分では普通だと思っていることを、
誰かから、
「その言い方は、相手には少し強く聞こえるかもしれないよ。」
「もう少し距離を取った方がいいかもしれないね。」
「一度やってみてから、必要かどうか考えてみない?」
と言われることがあります。
そんなとき、
「でも……」
「だって……」
「自分はそう思いません。」
「自分には必要ありません。」
とすぐに扉を閉じてしまったら、自分では見えていなかった自分に気づく機会を失ってしまいます。
全部を言われた通りにすればいい、という意味ではありません。
でも、
一度受け取ってみる。
そして、
一度やってみる。
やってみた上で、自分で考える。
私は、この経験がとても大切だと思っています。
「苦手」は、自分を知る入口になることがあります

アステージには、
「社会に学ぶ、社会の中で学ぶ、社会の一員として学ぶ」
という言葉があります。
社会に学ぶということは、企業へ見学に行ったり、仕事を体験したりすることだけではありません。
毎日、同じ場所でいろいろな人と過ごすこと。
考え方の違う人と出会うこと。
時には誰かにイライラすること。
自分の思いが伝わらず悔しい思いをすること。
仲間から言われた一言に傷つくこと。
反対に、自分の一言で誰かを傷つけてしまうこと。
苦手なことに出会い、
「やりたくない」
と思うこと。
それらも全部、社会の中で起こることです。
だからアステージでは、問題が起きないことだけを目指しているのではありません。
安心・安全を守ることを大前提にしながら、
そこで何を感じたのか。
自分にはどんな考え癖があるのか。
次に同じことが起きたら、どうしたいのか。
それを一緒に考えていく。
私は、その積み重ねこそが、社会の中で生きていく力につながると思っています。
苦手なものを、すべて人生からなくさなくてもいい

私は、人は「苦手」がなくなれば幸せになれるとは思っていません。
これからの人生でも、苦手な人には出会うでしょう。
苦手な仕事もあるでしょう。
思い通りにならないこともあります。
逃げた方がいいこともある。
距離を取った方がいい人もいる。
誰かに助けてもらった方がいいこともあります。
その判断も、とても大切です。
でも、苦手なものに出会うたびに、すべてを自分の人生から取り除こうとするだけでは、生きる世界はどんどん狭くなってしまいます。
だから、ほんの少しだけ、
矢印を自分にも向けてみる。
「あの人が嫌い。」
その先に、
「どうして私は、この人をこんなに苦手だと感じるんだろう。」
「このプログラムは嫌だ。」
その先に、
「どうして私は、こんなにやりたくないんだろう。」
そして一人で分からなければ、誰かの意見を聞いてみる。
素直に受け取って、一度やってみる。
それでも違うと思ったなら、そのとき改めて自分で選択すればいい。
私は、
自分で選択するということは、好きなものだけを選ぶことではない
と思っています。
自分を知り、人の意見にも耳を傾け、経験したうえで、
「私はこうしたい」
と自分の人生を選べるようになること。
それが、本当の意味での「自分らしく生きる」ということではないでしょうか。
アステージカレッジの2年間では、楽しい自分だけに出会うわけではありません。
自信のない自分。
人を苦手だと思う自分。
失敗を怖がる自分。
できないことから逃げたくなる自分。
人の意見を素直に聞けない自分。
そんな自分にも出会います。
でも私は思います。
そんな自分に出会うこともまた、自分を知るということです。
そして、自分を知ることができれば、人は少しずつ、自分との付き合い方を覚えていくことができます。
人を変えることは、簡単ではありません。
環境も、自分の思い通りにはならないことがあります。
でも、
自分の見方や、自分の行動は変えていくことができます。
だから私は、うまくいかないことが起きたときこそ、
「あの人が……」
「あの場所が……」
「あのプログラムが……」
だけで終わらず、
もう一本の矢印を、
自分にも向けてみてほしい。
そこに、自分でもまだ知らなかった自分と出会う入口があるかもしれません。
そして、その気づきこそが、
これから先、どこへ行っても自分を支えてくれる、
「生きていく力」になると、私は信じています。


