「あなたはどうしたい?」が、一番しんどかった。

――正解を探すことから、自分の人生を選ぶことへ。

「あなたは、どう思いますか?」

「あなたは、どうしたいですか?」

「どうして、そう思ったのですか?」

「ほかに、どんな選択肢があると思いますか?」

アステージカレッジのプログラムでは、こうした問いかけをすることがよくあります。

一見すると、それほど難しい質問ではないように思えるかもしれません。

ところが、この問いかけをとても苦しく感じる方がいます。

「分かりません」

「どっちでもいいです」

「正解はどれですか?」

「お母さんは、こう言っています」

あるいは、黙り込んでしまう。

スタッフの表情を見ながら、「何と答えれば正解なんだろう」と、こちらが求めていそうな答えを探していることもあります。

私は、そんな姿をこれまで何度も見てきました。

そして、1年、2年とアステージで過ごした利用者さんから、

「最初の頃は、自分と向き合うことが本当にしんどかった」

と言われることもあります。

なぜ、「あなたはどうしたい?」という、たった一つの質問が、そんなにしんどいのでしょうか。


「正解は何ですか?」

これまでの人生で、自分で考え、自分で選ぶ経験が少なかった方は決して珍しくありません。

「お母さんがそう言ったから」

「先生に言われたから」

「支援者がこっちの方がいいと言ったから」

もちろん、人の意見を聞くことは大切です。

自分一人では分からないこともありますし、経験のある人からアドバイスを受けることも必要です。

問題は、「人の意見を聞くこと」と「人に自分の人生を決めてもらうこと」は違うということです。

いつも誰かが答えを出してくれていた人に、

「あなたはどうしたい?」

と聞いても、すぐには答えられません。

自分の中から答えを探すという経験そのものが、少なかったからです。

だからアステージでは、

「どう思う?」

だけで終わらないことがあります。

「どうしてそう思ったの?」

「その根拠は?」

「ほかの考え方はないかな?」

「もし、こっちを選んだらどうなると思う?」

少しずつ、深く掘っていきます。

最初は、

「なんで?って言われても……」

となります。

当然だと思います。

今まであまり使ってこなかった力を使おうとしているのですから、しんどくて当たり前なのです。


なぜ、アステージはすぐに答えを教えないのか

正直に言えば、答えを教えてしまった方が早いこともあります。

「こうした方がいいよ」

「こっちを選んだら?」

とスタッフが言えば、その場は簡単に前へ進みます。

本人も楽かもしれません。

それでも、私たちはできるだけ本人に考えてもらいます。

なぜなら、自分で答えを出さなければ、その選択に責任を持つことも難しいからです。

誰かに言われた通りにやって、うまくいかなかったら、

「あの人が、こうしろと言ったから」

と言うことができます。

そしてもう一つ。

誰かの意見に乗っかって始めたことには、なかなか本当の意味でのやる気や根気が芽生えません。

反対に、

「自分で決めた」

「自分がやってみたいと思った」

ということなら、少しくらいうまくいかなくても、もう一度やってみようと思えることがあります。

自分で考える。
自分で選ぶ。
やってみる。
うまくいかなければ、また考える。

この繰り返しが、自分の人生を生きる力になっていくのだと思います。


親だからこそ、先回りしてしまう

ここは、ご家族にもぜひ読んでいただきたいところです。

「転ばぬ先の杖」という言葉があります。

子どもが失敗しそうなら、助けてあげたい。

傷つきそうなら、その前に守ってあげたい。

困らないように、できることなら正しい道を教えてあげたい。

親なら、当然の気持ちだと思います。

まして、わが子がこれまで生きづらさを抱え、何度も傷ついてきたとしたら、なおさらです。

だから私は、

「親が何でも決めてきたから悪い」

などとは思いません。

子育てに、誰にでも当てはまる一つの正解なんてありません。

どこまで助けるのか。

どこから本人に任せるのか。

その境界線は、本当に難しいものだと思います。

ただ、いつか考えなければならないことがあります。

親は、いつまでも子どものそばにいられるわけではない。

いわゆる「親なきあと」です。

そのとき本人が、

「お母さんに聞かないと分からない」

「誰かに決めてもらわないと動けない」

という状態だったとしたら、本当に困るのは本人です。

だからこそ、親御さんが元気なうちに、

自分で考えること。

自分で選ぶこと。

失敗すること。

困ったら人に相談すること。

そして、もう一度やってみること。

そんな経験を少しずつ積んでほしいと思っています。

支えることと、本人の代わりに人生を決めることは違う。

簡単ではありません。

それでも、本人の将来を考えるからこそ、大切にしたいことだと思っています。


「アステージを休んで、お笑いの舞台に行きたい」

ある利用者さんのことです。

その方には、大好きなお笑いがありました。

どうしても観に行きたい舞台がある。

でも、その日はアステージの利用日でした。

以前だったら、

「休んでもいいですか?」

「どうしたらいいですか?」

と、私たちに正解を求めていたかもしれません。

でも、そのときは違いました。

自分はこの舞台を観に行きたい。だから、この日はアステージを休みたい。

自分の意思を、きちんと伝えてくれました。

そして、その日は大好きなお笑いを楽しみ、充実した一日を過ごしました。

「アステージを休んだこと」の何が成長なのかと思われるかもしれません。

でも、私たちが見ているのは、休んだか休まなかったかではありません。

自分がどうしたいのかを考え、自分で選び、それを相手に伝えた。

私は、そこに大きな成長を感じました。


「私は、この条件を大切にしたい」

別の場面でも変化は現れます。

就職活動でハローワークへ行き、求人票を見る。

以前なら、

「どれがいいですか?」

と支援者に尋ねていた人が、

「私は、こういう仕事がいいです」

「この条件は大切にしたいです」

「これは自分には合わないと思います」

と、自分の好みや希望条件を言えるようになっていく。

これは就職活動において、とても大切なことです。

就職するのは、支援者ではありません。

親でもありません。

その職場で毎日働くのは、本人です。

だからこそ、自分が何を大切にしたいのかを知り、自分の言葉で伝えられることが必要なのです。


自分の意見を持つことは、わがままになることではない

そして私は、もう一つ大きな変化を見てきました。

以前は感情をうまくコントロールできず、物にあたってしまったり、相手に強い言葉をぶつけてしまったりしていた人がいました。

でも、時間をかけて少しずつ変わっていきました。

誰かが話しているときには、その人の方へ身体を向ける。

目を見て、最後まで話を聴く。

そして、

「私はこう思いました」

と、自分の感想を伝える。

しかも、その言葉が少しずつ相手を思いやる、愛のある言葉に変わっていきました。

やがてその人は、自分の意思で後輩の相談に乗り、自分の経験からアドバイスを送るようになりました。

私は、こういう姿を見ると本当に嬉しくなります。

自分の意見を持つということは、

「自分の好きなようにする」

ということではありません。

自分の気持ちを大切にできるようになると、相手の気持ちも大切にできるようになる。

私は、それも自立への大切な一歩だと思っています。


人生に「正解」があれば、誰も苦労しない

もし今、目の前に、

「自分で決めるのが怖いです」

「間違えるのが嫌です」

「誰かに正解を教えてほしいです」

という人がいたら、私はこんな話をすると思います。

人生に正解があれば、誰も苦労しない。

誰も失敗しない。

「正解がないから人生は面白い」と言われても、今はそんなふうに思えないかもしれません。

でも、一つ考えてみてほしい。

今の自分に満足していないのなら、何かを変えない限り、何も変わりません。

これまでと同じ考え方。

これまでと同じ選び方。

いつも誰かに正解を求めて、誰かに言われた方を選ぶ。

それをずっと続ければ、また同じところをぐるぐる回ってしまうかもしれない。

だったら、少し違うことをやってみてもいいんじゃないでしょうか。


ゲームでは、何度失敗してもやり直している

ゲームが好きな人には、こんな話をすることがあります。

「ゲームするとき、誰かに全部指示してもらってる?」

たぶん、違いますよね。

自分で考えて、

「こっちへ行ってみよう」

「この方法を試してみよう」

と進めている。

そして失敗する。

またやる。

また失敗する。

それでも、もう一度やる。

なぜ、それができるのでしょうか。

何度でもやり直せると思っているからです。

失敗するたびに、

「じゃあ次はこうしよう」

と考える。

それを繰り返しているうちに、いつの間にか上手になっている。

そして、

「自分はできる」

という自信もついてくる。

だったら、その力はもうあなたの中にあるんです。

人生も、すべてがゲームのように簡単にやり直せるわけではありません。

でも、失敗したからといって、そこで全部が終わるわけでもありません。

むしろ、

失敗した経験が多い人ほど、そこから学べることも多い。

何度もトライする。

考える。

やり方を変える。

人のアドバイスも聞いてみる。

そして、またやってみる。

その繰り返しの中で、人は少しずつ自分の人生をつくっていくのだと思います。


「私は、こうしたい」と言える人生へ

最初は、

「分かりません」

でいいんです。

「どっちでもいいです」

でもいい。

「なんで?って聞かれても分からない」

でもいいんです。

今まであまり自分で考えてこなかった人が、いきなり自分の考えを言えるようになるわけではありません。

だからアステージでは、時間をかけます。

何度も問いかけます。

いろいろな人の人生に触れます。

仲間の意見を聞きます。

自分とは違う考え方にも出会います。

そして少しずつ、

「私は、こう思います」

「私は、これは嫌です」

「私は、これをやってみたいです」

「今回は、こっちを選びます」

と言えるようになっていく。

それは、とても大きな変化です。

自立とは、誰にも頼らず、一人で何でもできるようになることではないと私は思っています。

人の意見を聞いてもいい。

アドバイスをもらってもいい。

分からなければ相談してもいい。

困ったときには助けてもらっていい。

でも最後に、

「私は、こうしたい。」

と、自分の人生を自分で選んでいく。

それが、アステージで身につけてほしい「自分らしく生きる力」の一つです。

時間はかかっても大丈夫です。

間違えてもいい。

失敗してもいい。

ここには、一緒に考えてくれる仲間やスタッフがいます。

だから、

誰も笑わないから、自分の気持ちを素直に出していこう。

「正解」を探し続ける人生から、

自分で考え、自分で選び、自分の人生を歩いていく人生へ。

その一歩を踏み出すための時間を、私たちはこれからも大切にしていきたいと思っています。

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