
「失敗しないようにしてあげたい」
家族であれば、そう思うのは自然なことだと思います。
支援する側だって同じです。
困っていたら助けたい。
間違えそうなら教えてあげたい。
うまくいかないことが分かっているなら、先に正しい方法を伝えてあげたい。
そのほうが早いし、本人も嫌な思いをしなくて済みます。
でも、ASTAGEでは、あえてすぐに答えを教えないことがあります。
まず、自分で考えてもらう。
そして、自分が思った方法でやってみてもらう。
当然、うまくいかないことがあります。
それでもいい。
なぜなら私たちは、
「失敗させたい」のではなく、
自分で考え、やってみて、そこから気づく経験をしてほしい
と思っているからです。
最初から正解を教えたほうが、早い
例えば、ASTAGEでは朝に清掃をします。
チャレンジクッキングでは、自分たちで料理にも挑戦します。
スタッフが最初から、
「ここから掃いて」
「次はこれをして」
「そのやり方ではうまくいかないよ」
「料理はこの順番でやって」
と全部教えれば、おそらくそのほうが早いでしょう。
きれいに掃除もできる。
料理も失敗しにくい。
時間通りに終わるかもしれません。
でも、それだけでいいのでしょうか。
ASTAGEでは基本的に、まず本人に考えてもらいます。
自分はどうしたいのか。
どうすればいいと思うのか。
そして、自分の考えた方法でやってみる。
すると、不具合が起きます。
掃除したはずなのに、きれいになっていない。
料理が思ったようにできない。
時間が足りなくなる。
役割分担がうまくいかない。
そこで初めて、
「なぜ、うまくいかなかったんだろう?」
を一緒に考えます。

「だったら、最初から教えてくれたらよかったのに」
もちろん、最初からこのやり方を受け入れられる人ばかりではありません。
スタッフから、
「ここは、こうしたほうがよかったんじゃない?」
と指摘されると、
「怒られた」
と感じる人もいます。
あるいは、
「それなら最初から教えてくれたらよかったのに」
と思う人もいます。
特に、これまでずっと「正解」を求めてきた人にとっては、しんどいことだと思います。
学校では正解があった。
家では、お母さんやお父さんが教えてくれた。
分からなければ、誰かに聞けば答えを教えてもらえた。
ところがASTAGEでは、
「あなたはどう思う?」
「どうしたらいいと思う?」
「他にどんな方法がある?」
と聞かれる。
そして、自分で決めてやってみたら、うまくいかない。
最初は戸惑って当然です。
でも、自分の考え方や、自分がどんな選択をしやすい人なのかを知るためには、
トライ&エラーが必要です。
私は、
「クラッシュ&ビルドを日常にする練習」
だと思っています。
やってみる。
うまくいかない。
考える。
誰かの意見を聞く。
やり方を変える。
もう一度やってみる。
そして、
「あ、今度はできた」
という感覚を自分自身で味わう。
この経験が大切なんです。
アドバイスを受けたら、うまくいった
何度かやっているうちに、
「自分のやり方では、どうもうまくいかないな」
と気づくことがあります。
そこで誰かから、
「こうしてみたら?」
とアドバイスをもらう。
最初は納得できないこともあるでしょう。
でも、一度素直にやってみる。
すると、
「あれ? 今度はうまくいった」
ということが起きます。
この経験は大きいです。
誰かの言うことを何でも聞けばいい、という話ではありません。
自分の考えだけに固執するのでもない。
自分で考える。
やってみる。
うまくいかなかったら、人の意見にも耳を傾ける。
そして、またやってみる。
その繰り返しの中で、
自分の考え方の癖にも気づいていきます。
私は、このときの「向かい方」や「素直さ」が、その先の成長を大きく分けると思っています。

5分の遅刻も、一人だけの問題ではない
外出プログラムでは、集合時間を決めます。
もし、一人が遅れてきたらどうなるでしょう。
その人にとっては、
「5分遅れただけ」
かもしれません。
でも、ほかの人はその5分間、待っています。
電車に乗る時間が変わるかもしれない。
訪問先への到着が遅れるかもしれない。
予定そのものが変わることもあります。
だから、集合時間に遅れたときには、待っていたみんなに自分で謝ってもらうことがあります。
責めるためではありません。
「自分の行動は、自分だけの問題ではない」
ということを体感してほしいからです。
社会に出れば、こういうことはたくさんあります。
自分一人で生きているわけではない。
自分の行動によって、誰かが困ることもある。
逆に、誰かの行動によって、自分が助けられることもある。
それを頭で教えるだけではなく、
実際の経験の中で知っていく。
これもASTAGEで大切にしていることです。

「待つこと」も支援だと思う
本人が困っていたら、手を出したくなります。
特にご家族なら、なおさらだと思います。
忘れ物をしそうなら、準備してあげる。
遅刻しそうなら、起こしてあげる。
本人が答えられないなら、代わりに答えてあげる。
失敗しそうなら、先に正解を教えてあげる。
傷つきそうなら、その場所から遠ざけてあげる。
どれも、
「この子に困ってほしくない」
という思いからでしょう。
私は、その気持ちを否定したいとは思いません。
ただ、ときどき考えてほしいことがあります。
失敗を許せるか。
待てるか。
成長を待てるか。
そして、
「この人なら、いつかできる」
と、その人の可能性を信じられるか。
支援というと、何かを「してあげる」ことを想像するかもしれません。
でも、
すぐに手を出さず、見守って待つことも支援です。
何もしないのとは違います。
困ったら助けられる場所にいる。
危険なことがあれば止める。
でも、本人が自分でできるかもしれないところまで奪わない。
その線引きは、とても難しいです。
だからこそ、私たち支援する側も考え続けなければならないと思っています。
失敗したら、時間を巻き戻してみる
では、実際にうまくいかなかったとき、どうするのか。
ASTAGEでは、
「どうすればよかったんだろう?」
と、一緒に時間を巻き戻してみます。
何が起きた?
そのとき、どう思った?
なぜその方法を選んだ?
どこからうまくいかなくなった?
どんな準備をしていたら違った?
誰かに相談できるタイミングはなかった?
次に同じことが起きたら、どうする?
いろいろ検証します。
そして私は、まず、
「やってみたこと」そのものを評価したい。
と思っています。
「いい経験ができたね」
「じゃあ次、どうしようか」
「もう一回やってみたらいい」
失敗した本人に必要なのは、
「ほら、だから言ったでしょう」
ではありません。
だからといって、何でも、
「大丈夫、大丈夫」
で済ませることでもありません。
起きたことをきちんと見る。
そして次につなげる。
頭で理解することも大切ですが、体で覚えることも大切です。
誰もが、そうやって少しずつできるようになってきたのだと思います。

「自分でやる」と「助けてもらう」は、反対ではない
ここで、もう一つ大切なことがあります。
ASTAGEが、
「自分で考える」
「自分でやってみる」
ことを大切にしているからといって、
「何でも一人でやりなさい」
と言っているわけではありません。
むしろ、
人に助けを求められることも、大切な力です。
まずは、すぐに諦めずにやってみる。
一度でできなかったら、もう一度やってみる。
でも、
何度やっても同じところで止まってしまう。
同じことを繰り返してしまう。
自分の体力的な限界が来ている。
周りとの協調にも影響が出始めている。
そんなときには、
「助けてください」
と言えばいい。
自分がどこまでできて、どこから助けが必要なのか。
それが分かることも、自己理解だと思います。
一人で全部できることが「自立」ではありません。
自分でできることは自分でする。
難しいことは、人の力を借りる。
そして自分も、できるときには誰かを助ける。
私は、そんなふうに人とつながりながら生きていけることも、自立の一つだと思っています。

「失敗させたくない」という親御さんへ
もし、ご家族から、
「この子は失敗すると、すごく落ち込むんです」
「また自信をなくすのが怖いので、できるだけ失敗させたくありません」
と言われたら。
その気持ちは、とてもよく分かります。
誰でも、うまくいかないことが続けば気持ちは落ち込みます。
ましてや我が子が傷ついている姿を見れば、親なら助けたくなるでしょう。
苦手なことそのものは、確かにあります。
障がいの特性によって、難しいこともあります。
でも、
「自分にはできない」
と思うことで、その苦手をさらに大きくしてしまうこともあります。
失敗するのが怖い。
だから、やらない。
やらないから、経験できない。
経験しないから、できるようにならない。
そして、
「ほら、やっぱり自分にはできない」
と思ってしまう。
そんな循環になることがあります。
だったら、最初から大きな壁を越えなくていいんです。
ハードルを下げればいい
10が難しいなら、3から始めればいい。
3でも難しければ、1から始めればいい。
一人で難しければ、誰かと一緒にやればいい。
それでも難しければ、
「助けてください」
と言えばいい。
大切なのは、
挑戦する機会そのものをなくさないこと。
だと思います。
できなかった。
悔しかった。
もう一回やった。
今度は少しできた。
誰かに教えてもらった。
できた。
褒めてもらった。
自分でも少しうれしかった。
そういう経験を何度も繰り返して、
人は少しずつ、
「自分にもできるかもしれない」
と思えるようになるのではないでしょうか。

失敗ではなく、まだ途中
私は、
「失敗は、あきらめたときに初めて失敗になる」
と思っています。
うまくいかなかった。
それは、まだ途中です。
もう一度やってみる。
方法を変えてみる。
誰かのアドバイスを聞いてみる。
助けてもらう。
そして、またやってみる。
時間がかかってもいい。
壁にぶつかった経験は、きっとあとで自分を助けてくれます。
社会に出たら、すべての失敗を誰かが先回りして防いでくれるわけではありません。
仕事でも、人間関係でも、人生でも、
「どうしたらいいんだろう」
と自分で考えなければならない日は必ず来ます。
だからこそASTAGEにいる間に、
うまくいかない自分とも向き合ってほしい。
考えてほしい。
やってみてほしい。
失敗してほしい、のではありません。
失敗するかもしれないからといって、挑戦する機会を奪いたくないのです。
一人で難しかったら、助けを求めればいい。
そして、またやってみたらいい。

できることが増えることだけが、成長ではありません。
できない自分を知ること。
人の意見を聞けるようになること。
「間違えました」と認められること。
「助けてください」と言えること。
そして、
「もう一回やってみよう」
と思えること。
それも、大きな成長です。
支援する側に必要なのは、いつも正解を教えることではないのかもしれません。
手を出すこと。
手を出さないこと。
教えること。
待つこと。
助けること。
見守ること。
その人の今を見ながら、一緒に考えていく。
そして何より、
「この人には、まだ伸びしろがある」
と信じること。
それも、支援なのだと思っています。
明日をちょっとごきげんに。

