「どうして、自分だけこんな思いをしないといけないんだろう」
そう思ったことがある人もいると思います。
ASTAGEに来る人たちにも、それぞれにこれまでの人生があります。
生まれ持った個性や特性。
育ってきた家庭や環境。
学校や職場での経験。
人間関係で傷ついたこと。
今もまだ続いている悩み。
誰かを許せなかったこと。
「あの人のせいで」と責めたこと。
最初から、その人のことを全部分かるわけではありません。
一緒に過ごし、話をしていく中で、
「この人にも、こんなことがあったんだ」
と初めて知ることがあります。
当事者だから、分かることがある
自分の経験を話したとき、
「私も似たようなことがあった」
と誰かが話してくれる。
それだけで、少し気持ちが楽になることがあります。
もちろん、同じ病気や障害があっても、経験や感じ方まで同じではありません。
簡単に「分かるよ」と言えるものでもないと思います。
それでも、当事者だからこそ分かり合えることがある。
言葉にしなくても、
「自分だけじゃなかったんだ」
と感じられることがあります。
でも、ASTAGEは傷のなめ合いをする場所ではありません。
つらかった経験を持ち寄って、そこで留まるのではなく、
「じゃあ、これから自分はどうしていこう」
と一緒に考えていく。
仲間との関わりには、そんな意味もあると思っています。

自分とは違う人生に触れる
一方で、ASTAGEでは仲間同士だけで過ごすわけではありません。
経営者や働いている人、地域の人など、さまざまな外部の方に来ていただきます。
私たちから外へ出て、会社や地域を訪ねることもあります。
そこで聞くのは、成功した話ばかりではありません。
失敗したこと。
思い通りにならなかったこと。
人に助けられたこと。
遠回りしたこと。
それでも、もう一度やってみたこと。
自分とは違う人生に触れることで、
「人生って、いろいろあるんだな」
と知っていく。
仲間だから分かり合えることがある。
自分とは違う世界を生きてきた人だからこそ、教えてもらえることもある。
どちらの出会いにも意味があります。

傷ついたことだけが、自分の人生ではない
自分の人生を振り返れば、
許せなかったこともある。
責めたこともある。
傷ついたこともある。
その気持ちを、無理になかったことにする必要はありません。
でも、少し時間をかけて振り返ってみると、それだけではなかったことにも気づくかもしれません。
心配してくれた人がいた。
期待してくれた人がいた。
挑戦させてくれた人がいた。
そのままの自分を受け入れてくれた人がいた。
困ったとき、助けてくれた人がいた。
話を聴いてくれた人がいた。
そして、自分の失敗を許してくれた人もいた。
傷ついた記憶も、誰かから受け取ってきたものも、どちらも自分の人生の中にあります。
私は、それを誰かに「感謝しなさい」と言われて気づくものではないと思っています。
肌で感じ、頭で感じ、心で感じていく
人と一緒に過ごす。
人の話を聞く。
自分のことを話してみる。
仲間の変化を見る。
社会の中で、いろいろな人生を歩んできた人と出会う。
そんな経験を重ねるうちに、自分の人生の見え方が少しずつ変わってくることがあります。
最初は、なんとなく肌で感じる。
次に、自分なりに頭で考える。
そしていつか、心で感じる。
「あのときは分からなかったけれど、心配してくれていたのかもしれない」
「あの経験があったから、今の自分がいるのかもしれない」
そう思える日が来るかもしれません。
もちろん、来ないかもしれない。
それでもいいと思っています。
過去に起きたことは変えられません。
つらかったことを、無理に良い思い出に変える必要もありません。
でも、
その過去を抱えている今の自分が、これから何を見て、何を受け取り、どう生きていくかは変えていける。
ASTAGEで出会う仲間や、社会のさまざまな人との関わりが、自分の人生をもう一度見つめるきっかけになればいい。
そして、今日よりほんの少し、
「明日をちょっとご機嫌に。」
そんな毎日を、一緒につくっていけたらと思っています。

