「勉強は苦手です」
「考えるのはしんどい」
「難しいことはしたくない」
「面倒なことは、できれば避けたい」
ASTAGEにも、「学ぶ」ということに抵抗を感じる人は一定数います。
でも私は、それを単純に、
「学ぶ意欲がない」
とは考えていません。
もしかすると、これまでの人生で、学ばなくても、それほど困らなかったのかもしれないからです。
これまで、そんなに困らなかった
学校で経験してきた「学び」といえば、
先生の話を聞く。
教科書を読む。
覚える。
問題を解く。
そして、正解か不正解かがある。
そんな学びが多かったのではないでしょうか。
勉強が嫌いでも、学校を卒業することはできた。
分からなければ、誰かが教えてくれた。
面倒なことを避けても、なんとかなった。
自分で深く考えなくても、周りの人が決めてくれることもあった。
そういう経験をしてきた人に、
「学ぶことは大切だよ」
と言っても、
「なんで?」
となるのは、ある意味自然なことなのかもしれません。
ASTAGEでやっているのは、ちょっと違う「学び」
ASTAGEでは、
「あなたはどう思う?」
「なぜ、そう思った?」
「相手はどう感じたと思う?」
「うまくいかなかったのは、なぜだろう?」
「じゃあ、次はどうする?」
そんなことを一緒に考えます。
これ、慣れていない人にとっては、結構しんどいことです。
「分かりません」
「どっちでもいいです」
と言いたくなることだってあります。
でも、それは考える力がないというより、これまで自分で考える必要のある場面が少なかったということもあるのではないでしょうか。

困ってから、必要になる学びがある
社会に出ると、教科書には載っていないことがたくさん起こります。
人とうまくいかない。
仕事が続かない。
注意されると、しんどくなる。
自分に何が向いているのか分からない。
困っているのに、どう相談したらいいか分からない。
そんなときに必要になるのは、知識だけではありません。
自分を知ること。
人の考えを聞くこと。
自分の気持ちや考えを伝えること。
分からないときに、人に聞くこと。
うまくいかなかったときに、「なぜだろう」と考えること。
そして、
「じゃあ、次はどうしよう?」
と、自分なりに考えてみること。
私は、これも全部「学ぶ」ことだと思っています。
考えることは、たしかに面倒です
考えることは、しんどい。
面倒なことを避けた方が、その瞬間は楽です。
誰かに答えを決めてもらった方が、自分で考えなくても済みます。
だから、考えたくない日があってもいい。
「今日は分からない」でもいいと思います。
でも、ずっと考えることを誰かに任せていたら、自分の人生なのに、誰かの答えを生きることになってしまうかもしれません。
だから、少しずつでいい。
「自分はどう思うんやろう?」
と考えてみる。
人の話を聞いてみる。
分からなければ聞いてみる。
一度やってみる。
うまくいかなければ、また考えてみる。
それを繰り返すことも、学ぶということだと思います。
学ぶのは、物知りになるためだけじゃない
ASTAGEのモットーは、
「社会に学ぶ、社会の中で学ぶ、社会の一員として学ぶ」
です。
私は、たくさんのことを覚えて、物知りになるためだけに学ぶ必要はないと思っています。
自分の人生を、少し生きやすくするために学ぶ。
自分のことを学ぶ。
人との付き合い方を学ぶ。
失敗から学ぶ。
誰かの生き方から学ぶ。
社会のことを学ぶ。
そして、自分で選べることを少しずつ増やしていく。
そのための学びです。

これまでとは違う「学び」を
これまで学ばなくても、そんなに困らなかった。
だから、学ぶ必要を感じなかった。
それを「やる気がない」の一言で片づける必要はないと思います。
でも今、何かに困っているのだとしたら。
これまでとは違う「学び」を、一度やってみてもいい。
ASTAGEは、学校で習ったことをもう一度勉強する場所ではありません。
これまで、あまり学ぶ機会がなかった、
「自分のこと」
「人とのこと」
「社会のこと」
を学ぶ場所。
そして、「学び方」そのものを学んでいく場所でもあります。
前回のブログで書いた「モジャモジャ」も同じです。
分からない。
モジャモジャする。
だから考えてみる。
人に聞いてみる。
やってみる。
そして、また考える。
そこから、自分なりの「ハテナ」や「ピッカーン」が生まれてくる。
学ぶということは、誰かから正解を教えてもらうことだけではありません。
自分の人生を、自分で歩いていくための力をつけること。
だからASTAGEでは、「学ぶ」ことを大切にしています。
そして今日よりほんの少し、
「明日をちょっとご機嫌に。」
そんな毎日を、一緒につくっていけたらと思っています。

