― 「分からない」と言えることも、大切な力
「分かりましたか?」
「はい、分かりました」
こんなやり取りは、日常の中でよくあります。
でも、そのあと実際にやってみると、
「あれ?」
「どうするんだったかな?」
となることがあります。
ASTAGEでも、時々あります。
説明を聞いている時には「分かりました」と答えていた。
でも、いざ始めると手が止まる。
それ自体が悪いことではありません。
一度聞いただけで全部理解できる人ばかりではないからです。
私が大切だと思っているのは、
分からないまま「分かりました」で終わらせないこと。
です。
「分からない」と言うのは、意外と難しい
「もう一度聞いたら迷惑かな」
「こんなことも分からないと思われたくない」
「みんな分かっているみたいだから、自分も分かったことにしておこう」
そんな気持ちになることもあるでしょう。
あるいは、自分では分かったつもりだったけれど、実際には少し違って理解していた、ということもあります。
だから、
「分かりません」
と言えるだけでも、一つの力だと思います。
もっと言えば、
「ここまでは分かりました。でも、この部分が分かりません」
と言えるようになると、さらに相手も説明しやすくなります。

「はい」と返事をすることが目的ではない
私たちはつい、
返事ができた。
指示を聞けた。
説明を最後まで聞けた。
ということで安心してしまうことがあります。
でも、本当に大切なのは、その先です。
理解して、自分で動けるか。
もし分からなければ、
「もう一度お願いします」
と聞く。
自分の理解が合っているか不安なら、
「こういうことで合っていますか?」
と確認する。
言葉だけでは分かりにくければ、
「一度やって見せてもらえますか?」
と伝える。
そうやって、自分に必要な情報を自分から取りにいく。
それも、自律につながる力だと思います。
働く場面では、もっと大切になる
仕事では、たくさんの指示があります。
「これを〇時までにお願いします」
「終わったら次はこちらをしてください」
「この場合は、こうしてください」
その時に、よく分からないまま、
「はい、分かりました」
と返事をしてしまう。
そして間違ったまま作業を進めてしまう。
そうなると、本人も困りますし、周りも困ります。
むしろ、
「すみません、もう一度確認してもいいですか」
「ここまでは分かっていますが、この後が分かりません」
と言える方が、仕事は進めやすくなります。
質問することは、仕事ができないことではありません。
分からないことを分からないままにせず、必要な確認をして、正しく進めようとする。
それも「働く力」の一つです。

分からないことは、恥ずかしいことではない
分からないことは、誰にでもあります。
初めてやることなら、なおさらです。
大切なのは、
分からない自分を隠すことではなく、
分からない時に、どうするか。
そこだと思います。
聞いてみる。
確認してみる。
やってみる。
間違ったら、もう一度教えてもらう。
そうやって経験を重ねていけば、少しずつできることが増えていきます。
ASTAGEでは、「正しく答えること」だけを大切にしているわけではありません。
自分は何が分かっていて、何が分かっていないのか。
それを自分で知り、必要な時に人へ伝えられること。
私は、それも社会的自立と自律への大切な一歩だと思っています。
そして今日よりほんの少し、
「明日をちょっとご機嫌に。」
「分かりません」と言えることから、新しい学びが始まることもあります。

