― 何でも一人でできることが、自立ではない
「自立する」
この言葉を聞くと、
人に頼らない。
自分のことは自分でする。
一人で何でもできるようになる。
そんな姿を思い浮かべる人もいるかもしれません。
でも私は、少し違うと思っています。
社会の中で生きていれば、一人ではできないことなんて、いくらでもあります。
私自身も、仕事でも日常生活でも、たくさんの人に助けてもらっています。
だから、
人に頼らないことが、自立なのではない。
自分でできることと、自分だけでは難しいことを知り、必要なときに必要な人へ、
「助けてください」
と言えることも、大切な自立だと思っています。
「分かりません」が言えない
ASTAGEでも、
分からないけれど、聞けない。
困っているけれど、言えない。
もう一度説明してほしいけれど、
「こんなことを聞いたら、どう思われるだろう」
と考えてしまう。
そんな場面があります。
そして、自分なりに何とかしようとして、かえって分からなくなってしまうこともあります。
仕事でも同じです。
分からないまま進める。
困っているのに報告しない。
自分一人で抱え込む。
本人としては、
「人に迷惑をかけたくなかった」
のかもしれません。
でも、周りからすれば、早めに言ってもらった方が助かることもあります。
「分かりません」
「もう一度教えてください」
「ここを確認してもいいですか」
「少し手伝ってもらえますか」
こうした言葉も、社会の中で生き、働き続けていくための大切な力です。

何でも頼ればいい、ということでもない
一方で、
何かあればすぐに、
「分かりません」
「やってください」
と、全部を誰かに任せればいいわけでもありません。
ここも大事なところです。
ASTAGEでも、すぐに答えを渡さず、
「どこまでは分かっている?」
「自分でできそうなのは、どこまで?」
と一緒に考えることがあります。
私が理想だと思うのは、
「ここまでは自分でできます。でも、ここからが分かりません」
と言えることです。
これは、とても大きな自己理解だと思います。
自分を過小評価するのでもない。
反対に、何でも一人でできると思い込むのでもない。
自分にできること。
まだ難しいこと。
人の力を借りた方がいいこと。
それを少しずつ知っていく。
そして、
自分でやるのか。
人に相談するのか。
助けを求めるのか。
そのときの自分に必要な選択を、自分でしていく。
私は、そこに「自律」があると思っています。
頼ることは、弱さではない
人に頼ることに抵抗がある人もいます。
「できない人だと思われたくない」
「迷惑をかけたくない」
「助けてもらうのは格好悪い」
そんな気持ちもあるかもしれません。
でも、自分が今どんな状態なのかを知り、
必要なことを相手に伝え、
助けを求める。
そこには、自分を理解する力も、人を信頼する力も必要です。
だから私は、
「助けて」と言えることも、一つの強さだと思っています。
そして、人との関係は不思議なもので、
昨日は助けてもらっていた人が、今日は誰かを助けていることもあります。
教えてもらったことを、次は別の人に伝える。
困っている仲間に声をかける。
一緒に考える。
助けてもらう側と、助ける側。
その役割は、ずっと固定されているわけではありません。

一人で生きていける人なんて、いない
社会的自立というと、
「一人で生きられるようになること」
と思われることがあります。
でも、人は一人では生きていません。
家族。
友人。
職場の人。
地域の人。
医療や福祉の人。
そして、自分では気づいていないところでも、多くの人の力を借りながら暮らしています。
ASTAGEが目指しているのも、
誰の力も借りずに生きられる人をつくることではありません。
自分のことを知る。
自分で考える。
自分で決める。
自分でできることは、まずやってみる。
そして、自分だけでは難しいときには、
「助けてください」
と言える。
私は、それも含めて、社会的な自立と自律だと思っています。
何でも一人で抱えなくていい。
でも、何でも人に任せるのでもない。
自分でできることと、人の力を借りることの間を、自分で選べるようになる。
そんな力を、ASTAGEで少しずつ身につけてほしいと思っています。
そして今日よりほんの少し、
「明日をちょっとご機嫌に。」
困ったときには、誰かに手を伸ばせる。
そしていつか、自分も誰かに手を差し伸べられる。
そんな人とのつながりの中で、自分らしく歩いていけたらと思います。

