― 言葉、表情、そしてその場の空気。
先日の「自分探求プログラム」では、ゲストスピーカーとして米倉実佳子さんをお迎えしました。
米倉さんは、ご自身のこれまでの人生について、飾ることなく話してくださいました。
いじめを受けたこと。
人間関係の中で傷ついたこと。
大好きだったおばあさまとのこと。
介護の仕事で出会った人たちのこと。
いろいろなお話がありましたが、私が特に心に残ったのは、おばあさまとの最後のやり取りでした。
認知症になった大好きなおばあさまに、米倉さん自身も余裕をなくし、厳しい言葉をかけてしまった。
そのとき、おばあさまから返ってきた、
「なんでそんなこと言うの」
という言葉。
そのやり取りが、今も米倉さんの心に残っているそうです。
話を聞きながら、私は考えていました。
人の心に残るものって、何だろう。
言葉だけが残るわけじゃない
私にも、子どもの頃の母との記憶があります。
当時、周りから少し孤立していた友達がいて、私はその子とよく遊んでいました。
母は、そんな私を心配していました。
子どもの頃の私には、母がなぜそんなことを言うのか、よく分かりませんでした。
でも今になって振り返ると、あのとき母は何を思っていたのだろう、と考えることがあります。
そして不思議なのは、覚えているのが言葉だけではないことです。
そのときの表情。
声の調子。
目線。
その場の空気。
そんなものまで、案外、脳裏に焼き付いている。
人は、言葉だけで人と関わっているわけではないんですね。
「来なくていい」の奥にあるもの
米倉さんが介護の仕事で出会った、92歳の女性のお話も印象的でした。
最初は、米倉さんが訪問しても「来なくていい」と拒まれていたそうです。
でも米倉さんは、その言葉だけを受け取らなかった。
できていたことが、できなくなっていく悔しさ。
怖さ。
寂しさ。
その言葉の奥にあるものを感じながら、話を聞き続けたそうです。
そして、
「あなたを見ています」と伝えることも大切なんだ
と考えるようになったと話されました。
これは、私たちの仕事にも、そのまま重なります。
支援は、言葉だけでするものではない
ASTAGEでも、毎日いろいろな言葉を利用者さんにかけます。
「どう思った?」
「もう一回やってみようか」
「それは相手にはどう聞こえたと思う?」
「今日はしんどそうやな」
でも、その人の心に残るのは、言葉だけではないのかもしれません。
話を聞いているとき、私たちはどんな表情をしているのか。
失敗したとき、どんな顔で見ているのか。
何かができたとき、本当に一緒に喜んでいるのか。
本人が言葉を探しているとき、どんな空気で待っているのか。
支援は、言葉だけでするものではない。
私たちの表情も、態度も、その場につくる空気も、全部ひっくるめて相手に伝わっているのだと思います。

何年後かに残っているもの
今日の米倉さんのお話を聞きながら、もう一つ考えました。
親や祖父母は、挨拶や約束の大切さなどを教えるだけではありません。
毎日の何気ない関わりの中で、本人たちも気づかないまま、子や孫の心に何かを残している。
そして、それはずっと後になってから意味を持つことがあります。
ASTAGEも同じかもしれません。
私たちが利用者さんに伝えたことを、全部覚えていてもらう必要はありません。
プログラムの内容だって、いつか忘れるかもしれない。
でも何年か経って、
「あの場所では、自分のことをちゃんと見てもらえていたな」
「失敗しても、またやってみようと思えたな」
「なんか、あったかかったな」
そんなことを、ふと思い出してもらえたら。
それも、ASTAGEで一緒に過ごした時間が、その人の中に残した大切なものなのかもしれません。

今日、自分は誰かに、どんな言葉をかけただろう。
どんな表情で、その人を見ていただろう。
そして、どんな空気をつくっていただろう。
米倉さんのお話を聞きながら、私自身も改めて考える時間になりました。
私たちが日々誰かの心に残しているものは、自分が思っている以上に大きいのかもしれません。
だからこそ、目の前にいる人を、ちゃんと見ていたい。
そして今日よりほんの少し、
「明日をちょっとご機嫌に。」
そんな毎日を、一緒につくっていけたらと思っています。

