「今日はなんとなくしんどい」
「行きたくない」
「昨日寝るのが遅かった」
「興味のないプログラムだ」
「苦手なプログラムだから休みたい」
「苦手な人がいる」
「スタッフに指摘されるのが嫌」
ASTAGEでは、そんな声を聞くことがあります。
もちろん、熱がある、頭痛がひどい、立っているのもしんどい。
そんなときは休んだほうがいい。
でも一方で、昼夜逆転して眠たい、なんとなくモヤモヤする、誰かにイライラしている。
そんなときには、
「とりあえず来てみたら?」
と声をかけることがあります。
無理やり来てもらいたいわけではありません。
来て誰かと話したら、頭の中が整理された。
別のことに集中したら、気分が変わった。
帰る頃には、
「今日、来てよかったです」
となることを、何度も見てきたからです。

立ち止まる時期があってもいい
人生には、踊り場のような時期があってもいいと私は思っています。
好きなことだけしていたい。
面倒な人とは関わりたくない。
社会との関わりを減らしたほうが、ストレスもなく快適に過ごせる。
その気持ちも分かります。
「このままではいけない」と自分では思っていても、なかなか生活を変えられないこともあるでしょう。
人間は、習慣を変えることがとても難しい生き物です。
働かなくても、今は生活できる。
無理をしなくても、生きていける。
それも一つの人生かもしれません。
私たちも、無理強いするつもりはありません。
でも、少しだけ考えてほしいことがあります。
自分の「楽しい」も、誰かがつくってくれている
好きなゲームをする。
おいしいものを食べる。
好きな飲み物を飲む。
動画を見る。
自分にとっては「楽しい時間」かもしれません。
でも、そのゲームも、食べ物も、飲み物も、動画も、
誰かが一生懸命つくってくれたものです。
そう考えると、私たちは生きているだけで、たくさんの人のお世話になっています。
人は、完全に一人では生きていけないようになっているのだと思います。
だから、
「自分も少しくらい、誰かのために頑張れることはないかな」
そんな気持ちを、どこかに持っていてほしいのです。

「無理しなくていい」の、その先へ
休むことが必要な日もあります。
立ち止まる時期だってあっていい。
でも、
「無理しなくていい」で、すべてを終わらせなくてもいい。
今日は行きたくなかったけれど、行ってみた。
人と話したくなかったけれど、少し話してみた。
苦手だったけれど、少しだけやってみた。
そんな一歩で十分です。
その一歩を見て、喜んでくれる人がいるかもしれない。
そしていつか、自分の頑張りが誰かの役に立つこともあるかもしれない。
人は、支えてもらいながら生きている。
そして、自分も誰かを支える人になれる。
「無理しなくていい」。
その言葉の優しさは大切にしながら、
「今日は、ほんの少しだけやってみようかな」
そんな日が少しずつ増えていったらいいなと思っています。

